ハプログループC1a1-M8 (Y染色体) の拡散経路は南ルート OR 北ルート?

ハプログループC1a1-M8 (Y染色体) の拡散経路は南ルート OR 北ルート?

結論を先に述べる

  1. 南ルートが可能。
  2. 日本固有が可能。(現存するC1a1)
  3. C1a1は縄文人が可能。
  4. 北ルートも可能。
  5. C1a1は縄文人でないことも可能。
  6. C1a1とD1bの2つのグループは遅れて混成する。

 現在の証拠と私の能力では、南ルートを否定することはできない。確かに南ルートかもしれないし、北ルートかもしれない。私個人の見方では, 北ルートに傾いている。

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 C1はC1aとC1bに,C1aはさらにC1a1とC1a2に分類される.C1a1との遺伝関係が最も近いのはC1a2であるので,C1a2を参照物としてC1a1を解釈して推定する.

         C1a2の古DNAは多く,ユーラシア大陸に早期に広がる親系であることが確認されたが,現在では低度であり,その伝播パターンが存在する以上,C1a2に最も近い親戚C1a1がこのパターンで伝播することも不可能ではない。だから私個人的には,今から3,4万年前にはC1a1の人々の生活パターンはC1a2とほぼ同じであると考えていましたが,私個人ではC1a1の群れは旧石器時代ユーラシア大陸北部の採集狩猟者であり,行動範囲が大きく,マンモスなどの大型獲物に追従し,川,湖に沿って移動し,北線を通って東アジアに入る可能性が高いと考えています。

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         南ルートについては,C1a1の人が東アジアに入ってきたのが海路であるという証拠はないと思います。C1a1は数千年以内には海族群であっても問題はないはずだが,数万年は海人であり,海洋系の証拠はないはずである。C1a1のボトルネックが長すぎて,南ルートの他の単倍群を見てみると,こんなに長いボトルネックはありませんでした。また現在の集団ではC1a(C1a1 + C1a2)は北部に分布しており,南部にはC1aがないので,今はないとは言えないが,古代にはないとは言えないが,確かに南ルートの可能性は大きく低下している。

         C1a1(M8)とC1a2(V20)は4万年以上前に別れた時点で,中国で発見された田園洞人は,北京に発見された洞窟である。検定の結果、海辺で活動するのではなく、淡水魚を多く食べることができました。これは4万年以上前の古代人類が、海の近くに住んでいるのではなく、海岸から離れた川や川でも同じように生きていることを示しています。つまり、陸路を移動するときに十分な生存力を持っていて、C 1 a 1が海辺で活動していたことを否定するのではなく、海に出てから小規模に拡張しているのだと思います。北と沿岸の生存パターンは矛盾しない。

          4万年前の北京田園洞人といえば、検出時に和田園洞人の常染色体と最も近い、しかも一定の同族関係を持つ古代人は、このゲノムデータを獲得した後、研究者はそれを世界の公共データベースに含まれている各地区の高品質の現代人ゲノムデータ(世界10余りの集団)と比較し、他の国の古人類ゲノムデータとの比較も行った。古代ヨーロッパ人の各支系と比較すると、ベルギーからの古代ヨーロッパ人だけが「飛び出てきた」。このことは、彼らは一定の遺伝関係が存在することを意味している、この35000年前のベルギーの昔の古代の人はGoyetQ16-1、父系ハプログループはC1a2であった。

         実は田園洞人の父系はC1a1である可能性もあるのですが,東アジアの古人といえば,田園洞人,北京山頂洞人,遼寧小孤山旧石器古人はC1a1人の群れと関係がある可能性がありますが,証拠は不足していますが,少しはあると思いますので,あとでまとめてみましょう。

          現在のC1a1の現状を簡単に述べると,現在発見されているほとんどのC1a1サンプルは,いずれも5000年前に共通の祖先を持っていた。この結果はYFullによって算出されたものである,isoggが算出したのもほぼ同じです。つまり、現在のC 1 a 1は、およそ数百万人の男性が、5000年前の男性の子孫であるということです。この5000は実は区間で、3800~6200で、下限を取ると、すべて3800年前の1人の男の子孫である。

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         5000年であっても3800年であっても,厳密には縄文時代にうまく対応できない。もちろん問題もありますが,日本国内のC1a1は人数が多いのですが,DNAテストはそれほど多くなく,サンプル数が不足していることもありますので,今のところは結果に基づいて話しています。もちろん、私も論文の中の多くのSTRを見たことがありますが、一時的に日本のサンプルでは初期のタイプを見つけることができなくて、一時的な結論は人数は多いが、すべて下の分枝に集中しています。

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          絶対数のどこが一番多いかは計算していないが、最も割合が高いのはやはり徳島が周囲の四国地区を含むことで、沖縄の割合も低くないが、しかし私はSTRを見てみたが、一時的なデータには初期のタイプが存在しない。その一方で、徳島のデータには、比較的豊富なタイプが含まれています。青森は高いが,データは26人中2人が発見され,サンプル数が少なすぎて有意性があり,大データの検出結果が期待されている.

 

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         C1a1人は縄文人ではないか?私の見方はそうかもしれないし,そうでないかもしれない.不利な条件は,アイヌの集団にC1a1がありません,C1a1の巨大な瓶頚期(44900 - 5000)とD1bの差がしばらく見られなかったことである。約4万年の瓶頸期はC1a1の長期生活条件が悪いことを示し、人口はずっと良好な拡張がなかった。仮にC1a1がD1bより前に日本列島に登ったとすると,C1a1は十分に拡散しているはずであり,あるいは後からのD1bに北海道に押し出され,さらには桦太地帯にまで押し出されるはずである。

もしD1b以降,C1a1は縄文時代に日本に来たが,最近の研究では縄文人は早死にならないので,C1a1もこれほど瓶頸期を持つべきではない。

         南九州でC 1 a 1人が火山の爆発に遭遇したという説がある。人口の減少を招いて,いま重大なボトルネックとなっている。ここには問題がありますが、その時にC 1 a 1の人が南九州にいるという証拠はありません。南九州の自然状態は日本で最も良いところではないはずで、台風、火山、洪水などがあります。C1a1が早く無人の日本列島に上陸すれば、南九州で生活することはあまり選択できないと思います。

         さらに南ルートの仮定では,南ルートであればD1bハプログループ,C1bハプログループのように,南部地域では南部諸島が散見されるはずである。南線を行くなら沖縄に入ると日本列島は早くなるはずだが,そうであれば日本列島は比較的均一に分布すべきであるが,南と北に少しずつ分布するべきであるが,現在のD1bのように火山で地震津波が発生しても,すべての早期枝系が同時に絶滅する可能性はより低いと考えられる。日本列島に入るのが早いと、沖縄から遠く、陸橋は断続的に歩いていますが、北海道には入らず、桦太に入らないのもちょっと難しいかもしれません。

日本列島への進出が早く日本の中央に分布していれば、弥生人が海を渡った後、弥生人だかりを受けて東部、北海道にも拡散すべきである。その結果、C 1 a 1は東部にあり、北海道の割合は極めて低くなっている。日本列島に入るのが早いとすれば、アイヌ人の中にはC 1 a 1を多少混ぜるべきだが、現在の検定の結果、アイヌはほとんどがD 1 bで、残りはC 2、特に北海道の下の北海道に入る必要のある青森地方は、C 1 a 1の割合が高く、彼らが比較的早くここに入っていると、彼らはアイヌの縄張りである。アイヌ族との間に遺伝子交流がなくても問題はありません。

         だから私の考えでは,現在のC1a1の人々は,最近数千年に渡って日本に入ってきたように見えます。C1a1人全体はC1a2の集団に似ている可能性が高く、数万年前に北部のユーラシア大陸で走って行って、狩猟採集のモードと気候の影響とその他の原因で、群れの拡張が有限で、人数の増加が緩慢で、また他のハプログループの他の先進的な生産方式の族の影響を受けて、ユーラシア大陸の両端で同様に覆い、分布は完全に断片化、零星化する。一方、東アジアの偶然の機会は、C 1 a 1の下の分枝が日本に進出することに成功し、数千年以内に日本列島で有限の拡張を実現して、沖縄諸島は拡張の最南端である。

           私を含む日本列島以外のC1a1は,いずれも5000年以内に日本側から外へ拡散している可能性が高いと考えられるが,これは北線という予想には影響しない.

        日本の一部の風俗習慣が東南アジアの族と少し関係しているように見えますが、私は個人的にはそう思います。ある種の群れが一万年以内に南から日本に来るのではなく、南島族群(ハプログループO-F871)は中国山東半島から南下している可能性が高いが、これらの群れは山東半島で生活している時、あるいは南下した時に日本列島の一部の群れに影響を与えた。

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         これらの予想はすべて私の個人的な考えで、真実の情況は私の考えと完全に反対することができます。私は日本語が下手で、C 1 a 1があまりにも具体的なデータがあるかどうか、知識を学んだこともないし、主観的な推測に基づいていることが多いので、このような幼稚な考えを許してください。

WIKI上のC1a1-M8についての縄文由来の論証は厳密ではないと思う

私は、C1a1が縄文人のグループではないことを完全に否定しているわけではありません。ただ、wiki上の論証の仕方が正確ではないと考えています。

C1a1が縄文人のグループである理由について、学术的にどう思っているのか、実は私には分かりませんが、日本语のWIKIを见ましたが、WIKIの情报は正确ではないと思います。

実はこれらの観点から最初の出所は一篇の名前をDual origins of the Japanese: common ground for hunter-gatherer and farmer Y chromosomes(日本人の二重の起源は、狩猟—採取と農民のy染色体との共同基礎)、この単倍群を公式に説明した唯一の論文でもあるはずだ。しかし、これは2005年の文章で、在のところC1—M8の解読はそれほど正確ではないようだ。

現存系統の拡散開始は約12,000年前であり、縄文時代の開始とほぼ一致している。すなわちハプログループC1a1は日本に縄文文化をもたらした集団かもしれない。

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12,000年、約11,650年前のこれらの時間の数字をよく理解していなかった私は、与えられた論文のリンクに沿って、これらの時間の出典を見つけた。これは論文のタイトルと著者、時間などの情報です。

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共祖時間(TMRCA)は10 STRから算出される。

f:id:liaoning:20190829033452p:plainこれらのSTRのサンプルは以下の図から得られる。

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この表が本文を知った結果によると、によっては青森、静冈、徳岛、冲縄のC1a1-M8の算出した結果、計算用のSTRの値は问题ない、しかし、STRで時間を算出する方式は間違っていた。これらのSTRは、いずれもC1a1−M8の下のC−CTS9336の支系で、YfullのSNP計算による共祖期間は4800年だ。

isoggは日本のサンプルから日本のサンプルの共祖時間をおおよそ推定した。2つの主要な支系は1つが2500年で、1つが3200年である。

AMS法で測定して暦年代に補正した年代で示すと、草創期(約1万6,000 - 1万2,000年前)、早期(約1万2,000 - 7,000年前)、前期(約7,000 - 5,500年前)、中期(約5,500 - 4,500年前)、後期(約4,500 - 3,300年前)、晩期(約3,300 - 2,800年前)となる。

STRによる推定時間の偏差が大きいことや(4800年、12000年という数字は誤差が大きすぎる)、10個のSTRから正確なYMRCA時間が全く算出されていないことも検証された。つまり、STRから算出されたYMRCA時間によると、C1a1人は縄文人であり、これらの結論も正確ではない。

一方、ハプログループC1a1 -M8は南アジアや东南アジアに近いと言われていますが、STRの比较については、C1a1-M8のSTRの方がインドや东南アジアのC*に近いと考えられています。SNPが明確に分かれた今日、我々はC1a1−M8がヨーロッパのC1a2より近いことを知っている。

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2005年から2019年までの数年間、父系分子人類学が発達して普及し、DNAの検出手段と方法が発達したことから、当初STRが推定した結論は正確ではなく、正確ではなかったことがわかる。

私にとって、日本语で文章を书くのはまだ难しくて、一部の地方の表现はあまり正确でなくて、理解しにくくて、みんなに迷惑をかけました。

韓国のC-M8*サンプルは古い分岐?

FTDNAで検査したサンプルです。国の所はJapanに書いてありますが、実は韓国の慶尙南道の人です。私は韓国側にも確認しました。

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   韓半島のM8は数は少ないが、断片的に発見されたサンプルでは古い分岐がある。韓国のある個人テスト者は、FTDNA:247213のSTRを比較した。非常に近く、このサンプルもP121−古い分岐だと判断した。

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韓国サンプルのSTRの比較結果

 

江蘇漢族C1a1−M8サンプル1例Strは、日本の静岡県のM8サンプルに最も近いものとなった。

http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0180921

日本の18−044−Shizuokaサンプル17Strとは1ステップ、23Strは2ステップ足りなかった。 日本の静岡に来た18−018−Shizuokaサンプル17Strとは2ステップ、23Strは5ステップ差だった。

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Sample name Y loci
  DYS19 DYS389I DYS389II DYS390 DYS391 DYS392 DYS393 DYS437 DYS438 DYS439 DYS448 DYS456 DYS458 DYS635 YGATAH4 DYS385 DYS481 DYS533 DYS549 DYS570 DYS576 DYS643
Xuzhou038 13 13 30 24 10 11 14 14 10 14 18 16 20 21 12 13,15 26 12 11 19 19 11

中国側C1a1などの情報を共有します。

①、Yfullから分析が終わりました。

私のNovelSNPsの数量は34個。前回Isogg側から分析の結果は27個。

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②、中国の浙江省 C1a1 (CTS6678)を発見しました。CTS6678*みたいです。

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【东亚Y染色体单倍群之二】 C系单倍群在中国的分布

③、中国北方C1a1(C-V20)を発見しました。C-V20*?

 

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         ②と③はSnpで確認しました。

④、中国のD系の情報を共有します。(データ元:中国の 23魔方会社

【东亚Y染色体单倍群之三】 D单倍群在中国的分布

 

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⑤ C2系遺跡人骨の地図

 

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⑥、yfullで中国のC1b(元C*)の分析も終わりました。

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C1a1(C-M8)は正式に確定しまして、Yfullもアップロードしました。

中国でHigh-throughput sequencing検査の結果を出しました。bamデータファイルをYFullのYTreeにアップロードしました。今の状態は分析中。先ず、C-P121*に格納しておきます。

 

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